明日オレ|「なんとなく」生きてきたPTが、公認会計士を目指すブログ

15年目の現役理学療法士が、まさかの公認会計士試験に挑戦!日々の勉強記録、仕事の気づき、自然と共生する未来への雑記ブログ

「残クレアルファード」を笑うな。〜PT兼CPA受験生の俺が見た、日本を支える『アニマル・スピリット』〜

合理主義者が「リスク」と呼ぶものを、彼らは「家族への誠実さ」と呼び変えて現実に変えていく

ネットで定期的に燃え上がる「残クレアルファード」のミーム。

「身の丈に合わないローン」「2DKの駐車場に鎮座する高級車」「生活削って払う月賦」。

正直に言うわ。かつての俺も、CPA試験の勉強で頭をガチガチにして、「合理性」の物差しで彼らを冷ややかに見とった。

「計算合ってへんやん」「B/S(貸借対照表)歪みすぎやろ」ってな。

でも、最近その評価が真逆になったんや。

彼らを嘲笑することは、実はこの社会を根底で支えている「熱量」を否定することなんちゃうか? そう思うようになった理由を、俺なりの視点で監査してみた。

 
01 CPA視点
合理性の罠:全員が「正解」を選んだら、社会は止まる アニマル・スピリット

俺みたいに金利を0.1%単位で削り、補助金をハックし、中古相場を読み切ってから動く「超・合理主義者」ばかりになったらどうなるか?

誰も「無茶な買い物」をせえへん。誰も「背伸びした投資」をせえへん。みんなが貯蓄と投資に全振りして、損をせえへんタイミングまで待機する社会。

CPAの試験問題なら「適正」かもしれんけど、マクロ経済で見たらそれは「血流停止」や。

経済を動かすのは数式やない。ケインズが言うた「アニマル・スピリット(野性的意欲)」や。
理屈を超えた「えいや!」という勢いこそが、実体経済を前へと押し出すエンジンなんやな。
02 PT視点
「きつい返済」という名のレジリエンス 代償機能の極致

PT(理学療法士)として多くの患者さんの「回復」を見てきた俺からすれば、あの残クレの重圧は、ある種の「強烈な負荷トレーニング」に見える。

月々10万近い返済。それは崖っぷちや。でも、その崖っぷちが、彼らの労働意欲を爆発させてるんちゃうか?

「何が何でも稼いで払いきったる」という覚悟。

これ、リハビリでいうところの「代償機能」の極致みたいなもんや。しんどい状況やからこそ、普段出せへん火事場の馬鹿力が出る。

彼らが現場で泥臭く働き、稼ぎ、消費することで、社会の血流が回っとる。自分のリスクを担保に、社会システムを動かしてくれてる最前線のランナーなんや。

03 人間観
社会を支える「非合理な愛」という無形資産 数字にできへん価値

なぜ彼らはそこまで無理をするのか? それは「自分ひとり」のためやない。

「子供に広い車で思い出を作ってやりたい」「家族でカッコええパパでありたい」。

そんな、数字にできへん「非合理な愛」や「誇り」が、彼らを突き動かしとる。合理主義者が「リスク」と呼ぶものを、彼らは「家族への誠実さ」と呼び変えて、現実に変えていく。

この「愛」という名の無形資産は、どんな優秀な会計士でも評価額をつけられへん。
のれん(営業権)どころか、オンバランスにすら乗らへん価値が、そこにある。
 
結論:計算機を持たない勇者たちへ

「残クレアルファード」を笑えるのは、俺らが彼らの回してる経済の「安全圏」におるからに過ぎへん。

合理主義者は「正解」を出すけど、非合理な情熱は「動力」を生む。社会という巨大なシステムは、スマートな決断だけでは維持できへんねん。

計算機を持たずに全力で人生をドライブし、きつい坂道を必死に登り続ける彼ら。その勇気と熱量に、今、俺は心からの「無限定適正意見(フルリスペクト)」を送りたい。

「あいつら、実はめちゃくちゃ凄いやんけw」

そう笑いながら認められる心の余裕。

それこそが、数字と人間を扱う俺らが、試験勉強の合間に思い出さなあかん「人間への深い理解」やと思うねん。