明日オレ|「なんとなく」生きてきたPTが、公認会計士を目指すブログ

15年目の現役理学療法士が、まさかの公認会計士試験に挑戦!日々の勉強記録、仕事の気づき、自然と共生する未来への雑記ブログ

【2026年】言葉の壁が消えた日、俺たちは何者として世界と向き合うんやろか

先週、日本語でつぶやいたら、5分もせんうちにブラジル人とドイツ人とインド人から返信が来た。

しかも、こっちのニュアンスをちゃんと読んどる言葉で。

これ、なんかすごいことが起き始めてへんか?


1. 「言語の島」が溶け始めた

これまでのSNSって、正直なとこ「言語ごとの島」やった。日本語は日本語圏の中で完結して、海の向こうには届かへんかった。

それが2026年の今、AIによる翻訳が「意味」だけやなくて「文脈」や「温度感」まで運び始めとる。

数百年かけて行われてきた文化交流が、今や秒単位で、しかも「個対個」で起きてる。

情報の民主化なんて言葉はもう古い。これは「感情の同期」や。


2. でも、壁がなくなったらバラ色か? ――そうでもないで

ここで俺が感じとる緊張感を正直に書く。

言葉の防波堤がなくなった分、文化や宗教や価値観の摩擦が、むき出しのまま起きやすくなった

「言わぬが花」って日本人が美徳としてきた曖昧さ、ストレートな表現を好む文化圏の人にはどう映るんやろか。何気ない一言が「許しがたい冒涜」に翻訳されてしまう危うさかて、現実にある。

俺はPT(理学療法士)として、患者さん一人ひとりの背景に合わせたアプローチをずっとやってきた。デジタルな対話でも、翻訳された言葉の裏側にある「背景」を想像する力って、これからもっと問われると思う。


3. 「のっぺりしたグローバル」にはなりたくない

俺が一番怖いのは、全部が平均化されることや。

世界と同じ色に染まるんやなくて、「日本人はこう感じて、こう考えるんや」という個性が、ちゃんと一個の強烈な声として届く世界を目指したい。

俺は今、築100年超の古民家で暮らしながら、最新のEVを検討して、Xで世界と話してる。古いものと新しいものが矛盾なく並んどるこの感覚、これって日本の「今」そのものやないか。

それ自体が、世界に見せる価値のあるもんやと思う。


おわりに:言葉を研ぎ続ける

会計士試験で鍛えた「論理的に積み上げる冷静さ」(全然勉強進んでないけどなw)と、PTとして身につけた「目の前の人の体温を感じ取る共感性」。

この両方を持って、俺はこれからも言葉を投げ続ける。

翻訳で「意味」は届くようになった。次は「心」をどう届けるか

流行りの言葉に流されんと、日本人としての軸を持った声を、世界に向けて発信していこう。


あとがき:俺たちの本当の試練は、たぶんここから始まるんやと思う。