先週、日本語でつぶやいたら、5分もせんうちにブラジル人とドイツ人とインド人から返信が来た。
しかも、こっちのニュアンスをちゃんと読んどる言葉で。
これ、なんかすごいことが起き始めてへんか?
1. 「言語の島」が溶け始めた
これまでのSNSって、正直なとこ「言語ごとの島」やった。日本語は日本語圏の中で完結して、海の向こうには届かへんかった。
それが2026年の今、AIによる翻訳が「意味」だけやなくて「文脈」や「温度感」まで運び始めとる。
数百年かけて行われてきた文化交流が、今や秒単位で、しかも「個対個」で起きてる。
情報の民主化なんて言葉はもう古い。これは「感情の同期」や。
2. でも、壁がなくなったらバラ色か? ――そうでもないで
ここで俺が感じとる緊張感を正直に書く。
言葉の防波堤がなくなった分、文化や宗教や価値観の摩擦が、むき出しのまま起きやすくなった。
「言わぬが花」って日本人が美徳としてきた曖昧さ、ストレートな表現を好む文化圏の人にはどう映るんやろか。何気ない一言が「許しがたい冒涜」に翻訳されてしまう危うさかて、現実にある。
俺はPT(理学療法士)として、患者さん一人ひとりの背景に合わせたアプローチをずっとやってきた。デジタルな対話でも、翻訳された言葉の裏側にある「背景」を想像する力って、これからもっと問われると思う。
3. 「のっぺりしたグローバル」にはなりたくない
俺が一番怖いのは、全部が平均化されることや。
世界と同じ色に染まるんやなくて、「日本人はこう感じて、こう考えるんや」という個性が、ちゃんと一個の強烈な声として届く世界を目指したい。
俺は今、築100年超の古民家で暮らしながら、最新のEVを検討して、Xで世界と話してる。古いものと新しいものが矛盾なく並んどるこの感覚、これって日本の「今」そのものやないか。
それ自体が、世界に見せる価値のあるもんやと思う。
おわりに:言葉を研ぎ続ける
会計士試験で鍛えた「論理的に積み上げる冷静さ」(全然勉強進んでないけどなw)と、PTとして身につけた「目の前の人の体温を感じ取る共感性」。
この両方を持って、俺はこれからも言葉を投げ続ける。
翻訳で「意味」は届くようになった。次は「心」をどう届けるか。
流行りの言葉に流されんと、日本人としての軸を持った声を、世界に向けて発信していこう。
あとがき:俺たちの本当の試練は、たぶんここから始まるんやと思う。